第10章 指示代名詞と指示形容詞

10.1.指示代名詞

指示代名詞は名詞の代わりに用いられるもので,近称(日本語の「これ」に近い),関係称(「それ」に近い),遠称(「あれ」に近い)の3つの形がある.形態的には各名詞類の主辞に,指示的な意味を持つ接辞 h-, -le を接着させたもので,名詞類によっては音を変化させる.
・「近称」は話者に近いものをさし,形は「 h +主辞の母音+主辞」となる.たとえば第 I類複数の近称は,h に人称接辞 wa の母音 a を続けて,さらに人称接辞を加え hawa となる.
・「関係称」は,すでに言及されたものに対して使われるもので,形態は近称の代名詞の 語尾に「関係接辞」を意味する母音 -o を加えて変化させたものである.
・「遠称」は話者から遠いものをさし,形は「主辞+ le 」となる.
各類の指示代名詞は次のようになる.訳語がつけられていない指示代名詞については,だいたい「これ」「それ」「あれ」の意味と考えればよい.
名詞接辞と例 主辞 近称「これ」 関係称「それ」 遠称「あれ」
第T類 単数 m mtu a,yu huyu
この人
huyo
その人
yule
あの人
複数 wa watu wa hawa
この人た
hao
その人たち
wale
あの人た
第U類 単数 m mti u huu huo ule
複数 mi miti i hii hiyo ile
第V類 単数 ny nyama i hii hiyo ile
複数 ny nyama zi hizi hizo zile
第W類 単数 ki kitu ki hiki hicho kile
複数 vi vitu vi hivi hivyo vile
第X類 単数 ji jiwe li hili hilo lile
複数 ma mawe ya haya hayo yale
第Y類 単数 u utu u huu huo ule

第Z類 pa mahali pa hapa
ここ
hapo
そこ
pale
あそこ
ku ku huku
ここ
huko
そこ
kule
あそこ
m m humu
ここ
humo
そこ
mle
あそこ

指示代名詞はそのままで独立して使われる.かならずしも指し示す名詞が何であるか明示されていなくてもよい.指し示すものの種類がわかっているときには,その名詞類に指示代名詞の形を一致させる.
Huyu ni mwalimu.「この人は先生です.」 Hii ni nini?「これは何?」
Wanataka haya.「彼女たちこれが欲しいって.」 Nitauza hayo.「それを売ってやろう.」
Unajua wale? 「あいつら知ってる?」 Hao ni ndugu zangu.「私のきょうだいたちだ.」
hivi, vile, hivyo は hivi「このようなこと」,vile「あのようなこと」,hivyo「そのようなこと」のように,状態を表す指示代名詞として独立して使われる.
Alifanya vile.「彼はあんなことをしたんだ.」
Unapenda hivi? 「こういうこと好きかい?」 Napenda hivyo.「そういうの好きさ.」
kwa hiyo「それだから,それで」,kwa hivyo「そういうことで」は,理由を説明する意味で文を修飾する.
Nimepoteza mwavuli. Kwa hiyo ninalowa.
「私はかさをなくしちゃった.だからぬれてるんだ.」

10.2.指示形容詞の重ね形

指示代名詞を強調するときは,その前に代名詞の接辞部分を重ねた形を続ける.その重ね方は次のようになる.
第I類(単数)yuyu huyu「まさにこの人」, yuyu yule「まさにその人」,
yuyo huyo「まさにあの人」
(複数)wawa hawa「まさにこの人々」,wawa wale「まさにあの人々」,
wao hao 「まさにあの人々」
第U類(単数)uu huu 「まさにこれ」, uu ule「まさにあれ」,
uo huo 「まさにそれ」
(複数)ii hii 「まさにこれら」, ii ile「まさにあれら」,
iyo hiyo 「まさにそれら」
第V類(単数)ii hii 「まさにこれ」, ii ile「まさにあれ」,
iyo hiyo 「まさにそれ」
(複数)zizi hizi「まさにこれら」, zizi zile「まさにあれら」,
zizo hizo「まさにそれら」
第W類(単数)kiki hiki「まさにこれ」, kiki kile「まさにあれ」,
kicho hicho「まさにそれ」
(複数)vivi hivi「まさにこれら」, vivi vile「まさにあれら」,
vivyo hivyo「まさにそれら」
第X類(単数)lili hili「まさにこれ」, lili lile「まさにあれ」,
lilo hilo「まさにそれ」
(複数)yaya haya「まさにこれら」, yaya yale「まさにあれら」,
yayo hayo「まさにそれら」
第Y類(単数)uu huu 「まさにこれ」, uu ule「まさにあれ」,
uo huo 「まさにそれ」
第Z類 papa hapa「まさにここ」, papa pale「まさにそこ」,
papo hapo「まさにあそこ」
kuku huku「まさにここ」, kuku kule「まさにそこ」,
kuko huko「まさにあそこ」
mumu humu「まさにここ」, mumu mle「まさにそこ」,
mumo humo「まさにあそこ」
このように,同じ接辞,音,語などを重ねることを「重ね形」という.重ね形はいろいろな用法があり,上の例もその1つである.上のような強調形はやや特殊で一般にはあまり使われない.

10.3.指示形容詞の用法

指示代名詞はそのまま指示形容詞(日本語の「この」「その」「あの」に近い)としても使われる.指示形容詞は被修飾語の後ろに続く.
mtoto huyu「この子ども」, mtoto yule「あの子ども」, mtoto huyo「その子ども」
wagonjwa hawa「この病人たち」,wagonjwa wale「あの病人たち」,
wagonjwa hao「その病人たち」
nguo hii「この服」,nguo ile「あの服」,nguo hiyo「その服」
karatasi hizi「この書類」,karatasi zile「あの書類」,karatasi hizo「その書類」
kiti hiki 「このイス」,kiti kile 「あのイス」, kiti hicho 「そのイス」
visiwa hivi「この島々」,visiwa vile 「あの島々」, visiwa hivyo 「その島々」
jambo hili 「このこと」,jambo lile 「あのこと」, jambo hilo 「そのこと」
maji haya「この水」,maji yale 「あの水」, maji hayo 「その水」
ubao huu 「この板」,ubao ule 「あの板」,ubao huo 「その板」
mahali hapa 「この場所」,mahali pale 「あの場所」,mahali hapo 「その場所」
mahali huku 「この場所」,mahali kule 「あの場所」,mahali huko 「その場所」
mahali humu 「この場所」,mahali mle 「あの場所」,mahali humo 「その場所」
Ninataka nguo hii.「私はこの服が欲しいんだけど.」
Nguo hiyo?「その服ですか?」
Viwanda vile vinatengeneza kompyuta?「あの工場はコンピュータを作ってるの?」
Hivyo havitengenezi hizo.「あそこではそういうものは作ってません.」
Aliniambia kumngoja mahali hapa.「彼は私にここで待つようにいったんだ.」
指示形容詞も重ね形を作り,同じ指示形容詞を重ねたものが名詞の後ろにくることがある.このような指示形容詞は「これとかあれのような(あれとかそれのような,それとかこれのような)〜」という意味を持つ.
mtu huyu huyu「これやあれやの人」, vitu vile vile「あれやこれやのもの」
jambo hilo hilo「そういうようなこと」,mahali hapa hapa「こういうような場所」
Tunataka kuangalia filamu zile zile.「私たちはああいう映画を見たいな.」
ほとんど同じ意味で,重ね形の間に na「そして,と」をおいた形も使われる.
Vitabu hivi na hivi ni kamusi?「これらの本は辞書ですか?」
Kitabu hicho na hicho ni kamusi.「それとかこれの本は辞書だよ.」
Askari wanatafuta huku na huku.「警官たちはあっちこっち探してるね.」
vile vile は単独でも使われ,vilevile と1語でつづられて「そのようなことで,同じように」という意味に用いられる.
Wazungu walikunywa pombe, na vilevile wananchi walikunywa hiyo.
「外人たちは酒を飲み,またわが国の人たちも同じようにそれを飲んだ.」
指示形容詞を名詞(被修飾語)の前に置くと,指示形容詞と名詞が一体化して「〜であるところのこれ,それ,あれ」のような意味を持つ.この用法では,名詞を限定する(そのものが特別なものである)意味が強くなる.しかし,指示形容詞が後置された場合との意味の違いはそれほど明確ではない.
hiki kitabu「この本(本であるこれ)」
yale mafuta「あの油(油であるあれ)」
Yule mtu alitujulisha habari hii. Huyo mtu?
「あの人が私たちにこのニュースを知らせてくれたんだ.あの人がかい?」

10.4.時を表す慣用語句

時を表す表現には次のようなものがある.所有接続詞 -a「〜の」を使ったものでは,その後ろに不定時制の動詞を続けることが多い.場所を表す表現である mbele ya 〜「〜の前に」,nyuma ya 〜「〜の後に」は時間を表す表現としても用いられる.
kabla ya 〜「〜の前に」, baada ya 〜「〜のあとで」,
wakati wa 〜「〜のときに,〜の間に」,kati ya 〜 na 〜「〜と〜の間に」,
kwa muda「しばらくの間」,kwa muda wa 〜「〜の間」,baadaye「あとで」,
kablaye「前に,以前に」,mwishowe「最後に」,zamani「むかし」,
saa hii「いまこのとき」,sasa「いま」,sasa hivi「いますぐ,ちょっと前に」
Kabla ya kuja afisi nilipita stesheni ya polisi.
「事務所へ来る前に警察署へよってきた.」
Sisi hunywa chai baada ya kula chakula cha jioni.
「私たちは夕食を食べた後でお茶を飲むことにしている.」
Wananchi hawakuwa na uhuru zamani wakati wa ubaguzi.
「むかし差別の時代には国民は自由がなかった.」
Kati ya kulala na kuamka miili yetu inapumzika.
「寝てから起きるまでの間,私たちの体は休んでいます.」
Paka ya picha hii hakupita njia ile sasa hivi?
「いまあの道をこの写真のネコが通りませんでした?」

10.5.jamaa/jamaa, jamii/jamii「家族,親せき」について

東アフリカの伝統的な社会は大家族制である.親族はみんな,同じ敷地内または近所に集まって暮らしている.親族集団のきずなは強く,相互に交流したり援助しあったりするのはいわば当然と考えられている.スワヒリ語の jamaa/jamaa, jamii/jamii「家族」という語も,そのような家族制度を反映したものである.したがってそれは単に親と子どもだけでなく,祖父母,両親のきょうだい(おば,おじ),さらにはその配偶者や子どもまでも加えた親せきをさすものと考えるのが正しい.ただし,それに含まれる親せきの範囲には個人によって差があり,かならずしも「親族」全体をさすものではない点に注意する必要がある.近年では,伝統的な家族の観念が失なわれつつあるともいわれ,特に都会ではjamaa, jamii を西欧的な家族単位と同じに考えるのが主流になってきている.
家族に対する呼び名には,mama/mama「母親」,baba/baba,mababa「父親」,nyanya/ nyanya「祖母」,babu/babu「祖父」,mwana/wana「むすこ,娘」,binti/binti「娘」などがある.これらはたとえば mama を,「おかあさん」のように直接呼びかけることばとしても,「母」のように間接的に指し示す名称としても使う.また,自分の子どもに対して mwanangu/wanangu「私のむすこ,娘(たち)」のように呼びかけることも,スワヒリ語では普通である.mwana/wana と意味的に近い mtoto/watoto「子ども」は,血縁関係に関係なく子ども一般を指し示す語である.
ndugu/ndugu「きょうだい」は男女に関係なく使われる.きょうだいの中で年長であるか年少であるかは意識されず,特に区別する必要があるときだけ mkubwa「年上の」や
mdogo「年下の」を後ろにつけて,ndugu mkubwa「姉または兄」,ndugu mdogo「妹または弟」と表される.また,男女の区別も一般的ではなく,dada/dada「姉(まれに妹)」や kaka/kaka「兄(まれに弟)」は ndugu を補足することばとして使われることが多い.きょうだいどうしで呼びあうときは,これらのことばは使わず相手の個人名で呼ぶのが普通である.このとき,年下の者が年上の者を呼ぶときもその逆も区別がない.
「おば」と「おじ」にあたるスワヒリ語には,mama mkubwa「母親の姉」,mama mdogo 「母親の妹」,baba mkubwa「父親の兄」,baba mdogo「父親の弟」,shangazi/shangazi「父方のおば」,mjomba/wajomba「母方のおじ」のような区別がある.ただし実際の呼びかけでは,mama や baba を両親以外の親族のおとなに対しても用いることができる.また,高齢のおとなに対しては bibi/bibi,mabibi「おばあさん」,mzee/wazee「おじいさん」を使ってもよい.この逆に,おとなが親族の子どもをさすときは mtoto/watoto「子ども」を使う.mpwa/wapwa 「めい,おい」,mjukuu/wajukuu「孫」はあまり一般的な語ではない.また,おとなが子どもに対して直接呼びかけるときは,個人の名前で呼ぶのが普通である.binamu/binamu「いとこ」という語も一般的ではない.いとこにあたる者は ndugu「きょうだい」の中に含めて言い表しているようである.しかしここでも西欧的な考え方が影響していて,おば,おじ,めい,おい,いとこ,などの区別をしだいに厳密にするようになってきているといわれる.