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第13章 特殊時制,接続詞

13.1.特殊時制の形態

「特殊時制」とは,「〜するとき」,「そして〜する」のように,1つのことがらだけでなく,2つのことをまとめて1つの文で言い表そうとするときに用いられる時制である.一般時制の「現在時制」や「過去時制」などとは用法がかなり違うので,これらと区別して「特殊時制」と呼ぶ.
特殊時制には「同時時制(ki 時制)」と「連続時制(ka 時制)」の2種類がある.同時時制は「〜するとき」という意味を表す時制で,時制辞は ki である.連続時制は「そして〜する」の意味で,時制辞は ka である.どちらも肯定の形だけを持つ.単音節動詞で特殊時制を作るときは,不定時制の形ではなく動詞語幹だけを時制辞に続ければよい.
いくつかの動詞を例にとって特殊時制の形態を次に示す.
時制辞 pata「得る」 enda「行く」 la「食べる」 wa「なる」
同時 ki
(肯定)
akipata
彼が得るとき
akienda
彼が行くとき
akila
彼が食べるとき
akiwa
彼がなるとき
連続 ka
(肯定)
akapata
そして彼は得
akaenda
そして彼は行
akala
そして彼は食べ
akawa
そして彼はな
時制辞と動詞語幹の間に目的辞をつけることもできる.たとえば第V類単数の目的辞 i「それ」をつけると,akiipata「彼がそれを得るとき」,akaipata「そして彼はそれを得る」のようになる.

13.2.同時時制(ki 時制)の用法

同時時制(ki 時制)は他の一般時制の動詞とともに使われ,「〜するとき,〜しながら」のような意味を持つ.2つの動詞の行為はほぼ同じ時のことをさしていると考えられるので,この時制を同時時制と呼ぶ.同時時制の動詞は,もう一方の動詞に対して意味的に従属し,同時時制形だけが単独で文としてあらわれることはない.また,スワヒリ語の語順としては同時時制の動詞の方が後置されるのが普通である.
Tunakula chakula tukiangalia televisheni.
「私たちはテレビを見ながらごはんを食べる.」
Walipita njia hii wakirudi nyumbani.
「彼らは家へ帰るとき,この道を通っていった.」
名詞第V類単数の主辞 i「それは」に動詞 kuwa「なる」のついた同時時制 ikiwa 「それが〜であるとき」は,接続詞として用いられ「〜のとき」という意味になる.ikiwa は,他の動詞形(節)を導いて,文の先頭におかれる.
Ikiwa unasikia njaa, unaweza kula chakula hiki.
「もしあなたは腹がへっているならばこの食料を食べてもよい.」

13.3.連続時制(ka 時制)の用法

連続時制(ka 時制)も,他の一般時制の動詞とともに使われることが多い.一般時制の動作にひき続いて,それに関連した動作が行われることを示すので,連続時制と呼ぶ.連続時制は「そして〜する」のような意味を持つ.
この時制はおもに過去のできごとに対して使われることが多いので,過去時制や完了時制に後続することが多い.
Tulienda sokoni tukanunua vitu.「私たちは市場へ行ってものを買った.」
連続時制を使った部分 tukanunua vitu「そしてものを買った」を単独で独立した文にしてもよい.しかし,その文の前にはかならず一般時制の文がおかれていなければならない.
Tulienda sokoni. Tukanunua vitu.「私たちは市場へ行った.そしてものを買った.」
連続時制を使った文はやや文章体の表現であり,会話体では同じ意味のことを次のようにいうことが多い.
Tulienda sokoni na kununua vitu.「私たちは市場へ行ってものを買った.」
連続時制は,命令時制とともに使われると特殊な変化をする.このとき,連続時制の主辞は省略され,命令時制の時制接尾辞 -e をつける.この形を「連続命令時制」と呼ぶ.
連続命令時制は,kwenda「行く」,kuja「来る」などといっしょに使われることが多い.
Nenda sokoni kanunue vitu.「市場へ行ってものを買ってきてくれ.」
連続命令時制だけを用いた文も可能である.
Kamwite daktari.「医者を呼んでこい.」
これは nenda kamwite daktari「医者を呼びに行け」の nenda「行け」の部分を省略した文と考えられる.動詞 kwenda「行く」に続く連続命令時制では,こういった省略がよくおこる.

13.4.接続詞

「接続詞」は,語と語,または文と文をつなぐ働きをする品詞である.接続詞の中には
na 「そして,と」のように,語と語,文と文,どちらもつなぐことができるものもあるが,どちらか一方しか使えないものもある.また,動詞の形から転じて接続詞として使われるようになったものもある.次に接続詞のおもなものを示す.
◇ na はもともと「〜の近くにある,いる」という意味を持つ接続詞で,動詞的な意味や用法もそなえた品詞である.na が接続詞として使われるときは「と,そして」の意味で,語と語,文と文をつなぐことができる.
Kenya na Ujapani「ケニアと日本」,wekundu na weusi「赤と黒」
Baba aliwinda sungura msituni. Na mama alipika nyama hiyo.
「父はやぶの中でウサギをとった.そして母はその肉を料理した.」
文章の関係で接続詞 na が使いにくいときは,副詞 tena「再び,もう一度」を接続詞として na と同じ意味に用いることがある.
Fatima ana mbwa, tena Yohana ana paka.
「ファティマは犬を飼い,ヨハナはネコを飼ってる.」
◇ lakini「しかし」は文と文をつなぐ.前の文に対して後ろの文が意味的に反対のことがらを述べるときに使う.
Kakangu ameenda Msumbiji, lakini sijaenda huko bado.
「私の兄はモザンビークへ行ったけど,私はまだそこへ行ったことがない.」
◇ au「または」,ama「または」は,どちらもほとんど同じように使われる.語と語,文と文のどちらにも使われるが,文と文をつなぐときは ama の方がより多く用いられる.
Sisi hula mkate au wali. 「私たちはふだんパンかごはんを食べます.」
Kesho wewe njoo hapa, ama mimi nitaenda kwako.
「明日あなたはここへ来てくれ,あるいは私があなたのところへ行く.」
◇ wala「〜も」は,語を導いて否定文とともに用いられる.〜 wala 〜「〜も〜も」という慣用表現で使われるのが普通である.
Hawana mali wala heshima.「彼らは財産も名誉も持ってない.」
◇ hata「〜でさえ」は,語(名詞相当語)を導く.この接続詞は,その前の文を受けて使われることが多い.
Hawawezi kutengeneza gari hii. Hata mimi, sijui.
「彼らはこの車の修理なんかできないよ.私だってわからない.」
この接続詞に形容詞 kidogo「少し」が続いた hata kidogo 「少しも,ぜんぜん」は慣用的な表現として使われる.
Waislamu hawali nyama ya nguruwe hata kidogo.
「イスラム教徒は豚肉をまったく食べない.」
◇ kutoka(toka)「〜から」,hadi(mpaka)「〜まで」は,場所や時間を表す名詞を導いて「移動」や「経過」の出発点と到達点を表す.
Wasafiri walipanda basi kutoka Dar Es Salaam mpaka Kilima Njaro.
「旅行者たちはダルエスサラームからキリマンジャロまでバスに乗った.」
Darasa la sayansi laendelea toka 3:00 hadi 3:50 asubuhi.
「科学の授業は朝の9時から9時50分までです.」
◇ -enye「〜がついた」,bila「〜なしで」は,後ろに名詞をおいて使われる.-enye ではその前にも名詞がおかれ,その名詞の人称にあわせた接辞がつけられる.接辞のつけ方は変化型形容詞 -enyewe「〜自身」と同じになる.
kalamu yenye mpira「消しゴムつきのえんぴつ」,mtu mwenye miwani「メガネをかけた人」
Wenyeji walikwenda kanisani bila shaka.「現地の人たちは疑いもなく教会へ行った.」
◇ kama「もし」は,仮定の文に使われる.この接続詞は,仮想時制(想像していることがらについて述べる時制)に対してよく用いられる.
Kama unataka hiki, nitakuuzia hicho.
「もしあなたがこれを欲しいならば,私が売ってやろう.」
Kama mngepiga hodi mlangoni, mngeweza kuingia ndani.
(注:mngepiga と mngeweza は仮想時制[nge 時制])
「もしあなたたちが戸をたたけば,中へ入れるのだが.」
また,kama は名詞(相当語句)を後ろにおいて「〜のような,〜のように」という意味でも使われる.
Anataka kamera kama yako.「彼はあなたのみたいなカメラが欲しいんだって.」
Utupe mpira kama anavyoutupa.「彼が投げるようにボールを投げてごらん.」
◇ bali「〜じゃなくて」は,前の文を否定して後ろの文につなげるはたらきをする。他の接続詞などとともに,si … tu, bali 〜 (pia)「…じゃなくて〜も(また)」のような慣用句として使われることが多い。
Si kabohaidreti tu, bali protini pia ni uhai.
「炭水化物だけではなくタンパク質も生きていくために必要なものだ。」
◇ ili「〜のために」は,後ろに動詞形を続けて,目的などを表す.
Wanajifunza sana ili kwenda chuo kikuu.
「彼らは大学へ行くために一生けんめい勉強する.」
◇ tangu「〜以来,〜のときから」は,後ろに「時」を表す名詞や動詞形を続けて,その時点からの継続的な状態を表す.この動詞形は接続時制(希望や願望を表す時制)を用いることが多い.
Ninapenda nyimbo za Afrika tangu niangalie mchezo ule.(注:niangalie は接続時制)
「あのしばいを見てから私はアフリカの歌が好きになった.」
◇ kwamba「〜ということ」,kuwa「〜ということ」は,もともと不定時制の動詞だったものが接続詞として使われている例である.
接続詞 kwamba「〜ということ」のもとの動詞 kuamba「述べる,言う」は,今日では動詞としてはほとんど用いられず,もっぱらその補足型である kuambia「〜に言う」が使われる.動詞 kuwa「なる」の不定時制も,接続詞として用いられることが多い.この2つの接続詞はどちらもほとんど同じ意味で,この後ろには従属する節(文の一部)を続ける.
Alisema kwamba(kuwa)anatoka Ulaya.「彼はヨーロッパ出身だと言った.」
Habari yaonyesha tangazo la kwamba(kuwa)mtawala muhimu amekufa.
「ニュースで,著名な政治家が死亡したと知らせている.」
しかし,このようなときの接続詞はしばしば省略される.特に会話体の表現では,接続詞を用いないで動詞をつなげていうのがごく普通の言い方になっている.
Anasema anataka kuacha masomo ya shuleni.「彼は学校の勉強をやめたいと言ってる.」
Tumemwandikia barua tutafika kule kesho.
「私たちは明日あちらに着くと彼に手紙を書いておいた.」
Unaona ndege anaruka? 「鳥が飛んでるのが見える?」
接続詞 kwamba, kuwa の前に kama「〜のような」をおくと,「〜であるかのように」という意味の複合的な接続詞になる.このとき,kama kwamba(kuwa)以下は,状況などを受ける第W類複数の関係辞 vyo をともなうことが多い.kwamba, kuwa を省略して kama だけを使ってもよい.
Niliichora picha kama kwamba Picasso alivyoichora.
「私はピカソが描いたような絵を描いた.」
◇ ikiwa「〜のとき,〜ならば」,isipokuwa「〜ではないならば」,ijapokuwa「〜であろうとも」,ingawa「〜だけれども」はどれも,第V類名詞接辞の主辞 i「それは」に,動詞 kuwa「〜になる」がついた時制形から派生したものである.
ikiwa「〜のとき,〜ならば」は同時時制(ki 時制)から,isipokuwa「〜ではないならば」は「時間」を表す第Z類接辞 pa の関係辞がついた否定形からつくられたものである.この2つはちょうど対象的な意味を持つ接続詞として使われる.
Ikiwa tutasaidia watu wengine, tutasaidiwa nao pia.
「もし私たちが他人を助ければ,私たちも彼らから助けられるだろう.」
Isipokuwa tutasaidia watu wengine, hatutasaidiwa nao pia.
「もし私たちが他人を助けなければ,私たちも彼らから助けられないだろう.」
ijapokuwa「〜であろうとも」は,ijapo「それが来るとき」と kuwa「〜になる」を合成した動詞形から派生したものである.古い時代には,第V類名詞接辞の主辞 i の他にもさまざまな名詞類の主辞がつけられたが,現在ではこの形だけがもっぱら使われるようになった.ingawa「〜だけれども」は,nga の部分がやはり古い時代に使われた時制の接辞で,その時制はほとんど使われなくなり,この形だけが接続詞として残るようになったものである.
Ijapokuwa ninapata mashida yoyote, nitaendelea kazi yangu.
「たとえ私がどのような困難に出あおうとも,私は自分の仕事を続けよう.」
Ingawa nina mashida mengi, nitaendelea kazi yangu.
「私にはまだ多くの困難があるが,私は自分の仕事を続けよう.」

13.5.単文と複文

文には,1つのことがらだけを述べたもの(単文)と,2つ(あるいはそれ以上)のことがらをまとめて1つの文で言い表したもの(複文)がある.スワヒリ語では,だいたい1つの動詞が1つのことがらを示しているので,文の中の動詞の数を数えると単文であるか複文であるかがだいたいわかる.
文は,「主語(主辞)」と「動詞」に相当する部分をかならず含んでいる.そこでこの2つを文の要素と呼ぶ.見かけ上,文の要素を含まないものは,それらがすでに了解されているために,省略されたものと考えられる.
複文ではそれぞれの「ことがら」に相当する部分を「節」と呼ぶ.節は文の一部分だが,その中に文の要素として不可欠なもの,主語,動詞などを含んだものである.
(1)単文
1つの文がただ1つのことがらだけを述べているものを「単文」という.一般時制やけい辞は,単独で使われている場合は単文である.また,単一の命令文やあいさつの文なども単文である.次に示すのはすべて単文の例である.
Ninasema Kiswahili.「私はスワヒリ語を話します.」
Hujui huyu?「あなたはこの人を知らないのか?」
Tutaenda shuleni mwaka ujao.「私たちは来年学校へ行きます.」
Watu wengi wako sokoni.「人がたくさん市場にいる.」
Nenda polepole.「ゆっくり行ってください.」 Asante.「ありがとう.」
不定時制を使った例文では,見かけ上動詞が2つ以上になるが,不定時制が名詞に相当する語句として使われているときには,節とはみなさない.したがって,次のような文も単文である.
Vijana wanataka kucheza.「若者たちは遊びたがっている.」
(2)複文
2つ以上のことがらを1つの文にまとめて言い表したものを「複文」という.接続詞や特殊時制などを使って2つ以上の節を結合したものはすべて複文である.次に示すのは複文の例である.
Joto jingi liko kote, upepo mkali ukivuma.「激しい風が吹くときは全土で暑くなる.」
Kama unaenda mahali kwingine, utapata marafiki wengine wengi.
「もしあなたが別の場所へ行っても,また別の多くの友人を得るだろう.」
Tulipika samaki na kuila.「私たちは魚を料理して食べた.」
最後の文で,不定時制 kuila 「それを食べる」は,その前の節 Tulipika samaki「私たちはさかなを料理した」と並列されているので,節とみなす.したがってこの文は複文である.
複文の中で特に,節と節との関係が「対等」の意味関係で結合されているものを「重文」ということがある.たとえば,na「そして」,lakini「しかし」,au「または」,ama「または」などの接続詞,連続時制などは重文をつくる.
Waliandika barua, lakini hawakupeleka hizo.「彼らは手紙を書いたが,出さなかった.」
Zamani mtu yeyote alikuwa na dini ya peke yake akamwomba Mungu.
「むかし人はそれぞれ自分だけの宗教を持っていて,神に祈っていた.」
重文以外の複文では,一方の節がもう一方の節に意味的に従属している.つまり,主文となるべき節をもう一方の節が修飾するような関係をつくる.接続詞の kama「もしも」,ikiwa「〜のとき」,kwamba「〜ということ」,kuwa「〜ということ」を使った文,同時時制を含んだ文などではこのような種類の複文をつくる.
Alisema kwamba anawashukuru kwa moyo.「彼は心からあなたたちに感謝してるといった.」
Ikiwa stimu inayapita maji, itaweza kuyageuza oksijeni na haidrojeni.
「電気が水をとおると,それを酸素と水素に変えることができる.」
この接続詞あるいは同時時制に導かれる節は,つねに従属する側の節をつくる.そこで,このような節を従属節と呼ぶ.従属節をつくる接続詞を「従属接続詞」という.

13.6.kabila/makabila「民族,部族」について

東アフリカの国々はどれも多民族国家で,数十の民族,部族から成り立っている.たとえば,大まかな人種だけを考えても,この地域には,ニジェール・コルドファン語族の他に,ナイル・サハラ(Nilo-Sahara)語族,アフリカ・アジア(Afro-Asia)語族,インド・ヨーロッパ(Indo-European)語族という4つのまったく異なる民族が居住している.スワヒリ語の kabila/makabila は,「民族」とか「部族」を意味するが,ここでは民族と部族を便宜的に区別して,4つの語族の分類を民族(または人種)の違いとし,さらにその下位の分類を部族の違いと呼ぶことにする.
ニジェール・コルドファン語族の中には,スワヒリ人の他にも,スクマ(Sukuma)人,ガンダ(Ganda)人,ルイヤ(Luhya)人などの部族がある.この人種は東アフリカでもっとも多数派で,部族数も多い.
ナイル・サハラ語族に属する部族としては,ルオ(Luo)人,マサイ(Maasai)人などがあげられる.ニジェール・コルドファン語族に比べると少数派だが,百万人を越える大部族もある.
アフリカ・アジア語族に属するのは,アラブ系の人々とエチオピア系,ソマリア系の部族である.タンザニア,ウガンダ,ケニアに居住するこの民族の人々は上の2民族に比べるともっとも少数派で,海岸地域や,エチオピア,ソマリア国境近くに居住する.
以上の3民族は東アフリカの先住民族だが,この他にあとから移住してきたインド・ヨーロッパ語族がいる.これに属するのは,インド・パキスタン系の人々とイギリス人を中心とするヨーロッパ系の人々である.人口としては,アフリカ・アジア語族と同様少数だが,経済,文化面では大きい力を持っているといわれる.
アフリカでは,このような民族,部族の違いは重大な意味を持ち,言語だけでなく,道徳,宗教,文化,生活習慣その他あらゆる面でまだまだ大きい差異が残っている.各部族は基本的に各地域ごとに分かれて居住しているが,大都市ではもちろん多民族が混合して居住することになる.それでも異なる部族どうしでの結婚は予想以上に少ないといわれる.
スワヒリ語の表現で,mtu gani「どんな人」とたずねる場合には,職業,身分,容姿などの他にこのような部族の違いも当然考慮される.もっとはっきり相手の部族をたずねるときは,kabila gani「どの部族」ときくこともある.次に示す語も,このような観点から使い方には注意する必要がある.
◇ Mswahili/Waswahili「スワヒリ人」とは,スワヒリ語を母語としている人たちをさし,人種的には黒人,白人,混血も含まれる.ただし,語族としてはニジェール・コルドファン語族に属する,先住のアフリカ民族である.
◇ Mwarabu/Waarabu「アラブ人」は,アフリカ・アジア地域のアラブ系の人をさすことばで,東アフリカに居住するアラブ系の先住民族も含む.スワヒリ人の中でも特にアラブ系の風俗,習慣にしたがっている人々についてはアラブ人と呼ばれる.
◇ Mwislamu/Waislamu「イスラム教徒」,Mkristo/Wakristo「キリスト教徒」は,人種に関係なく,それぞれの宗教を信じている人をさす.
◇ mgeni/wageni「外国人」は,国籍が違う人をさしていうことばである.これに対して,mzungu/wazungu「ヨーロッパ人,外人(白人)」は,人種の差も考慮されていて,欧米系の白人に対して使われるのが原則である.ただし,東洋人(中国人,日本人など)に対しても使われることがある.
◇ Mhindi/Wahindi「インド人」は,インド本国の人,およびアフリカに居住するインド,パキスタン系の人々をさす呼称である.Mwasia/Waasia「アジア人」は,アジア大陸のすべての人をさすのが原則だが,俗称でアフリカ在住のインド系の人々をさして用いられることがある.
◇ Mchina/Wachina「中国人」も同様に,中国人だけをさすのが原則だが,俗称で東洋人全般(朝鮮人,東南アジア人,日本人など)をさして使われることがある.

13.7.jina/majina「名前」について

東アフリカには多くの民族が居住するため,jina/majina「(人の)名前」のつけ方も一様ではない.各部族ごとに,それぞれの習慣にしたがって名前がつけられる.ただし,東アフリカで多数をしめる部族では,共通なあるきまりにしたがうことが多い.そこである部族の例をとって,その名前のつけ方を紹介する.
『この部族では,原則的に人の名前は1つしかない.女性と男性の名前は区別され,部族に古くから伝わる伝統的な名前から選ばれる.ただし,習慣的に,女子には母方,父方の祖母(またはその姉妹)の名前を子どもに受けつがせ,男子には同じく父方,母方の祖父(またはその兄弟)の名前を子どもに受けつがせるのが普通である.そして,部族の名前とは別に宗教名(イスラム教名,またはキリスト教名)が個人の名前としてつけられる.この部族では「姓」に相当するものがないので,父親の名前が姓の代わりに用いられる.たとえば,ある子どもの名前が Wachera「ワチェラ」,洗礼名(キリスト教名)が Maria「マリア」,父親の名前が Kariuki「カリウキ」だとすると,その正式の名前は,Maria Wachera Kariuki「マリア・ワチェラ・カリウキ」となる.』
この他にも,部族によっては,出産のときの時間帯によって子どもの名前がつけられたり,著名な人物や事件などに由来して名づけられたりする例があるという.いずれにしても,原則的には「宗教名+部族語の個人名+父親名(既婚女性では夫の父の名)」で個人の名前を表すものが多い.宗教名は jina la Mwislamu「イスラム教徒名」または,jina la Mkristo「キリスト教徒名」,部族語の個人名を jina la mwenyeji「個人名」,姓として用いられる父親名を jina la baba「父姓」という.
名前には敬称「〜さん,〜氏」がつけられることがある.敬称は名前の前につけられ,書くときは固有名詞と同様,大文字で始める.女性名には Bibi「〜さん」(未婚の場合には Binti「〜さん」も使う),男性名には Bwana「〜さん」を用いるのがもっとも一般的である.この他に男女両方に使えるものとして Ndugu「〜さん」もある.また,年長の人に対しては,Mzee「〜さん,老師」,Baba「〜さん」(以上男性),Mama「〜さん」(女性)も使われる.また,職業や身分を敬称にすることもあり,Mwalimu「〜先生」,Rais 「〜大統領」などがある.ちなみにタンザニア初代大統領は Mwalimu Julius Nyerere「ジュリアス・ニェレレ先生」,ケニア初代大統領は Mzee Jomo Kenyatta「ジョモ・ケニヤッタ老師」と呼ばれる.Bibi と Bwana については,Bi. と Bw. のように省略形で書かれることが多い.
先ほどの名前を敬称をつけて表すと,Bi. Maria Wachera Kariuki「マリア・ワチェラ・カリウキさん」となる.このとき,宗教名 Maria と個人名 Wachera は,一方または両方を省略してもよい.また,Maria や Wachera を最初の文字(イニシャル)だけをとって,Bi. M. W. Kariuki, Bi. Maria W. Kariuki などと書くこともある.敬称をつけて相手を呼ぶときは,父姓を使って Bi. Kariuki「カリウキさん」となる.ただし,友だちどうしや家族の中では,個人名だけで Wachera あるいは Maria と呼びあうのが普通である.