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第14章 接続時制,仮想時制,間投詞

14.1.接続時制と仮想時制の形態

接続時制と仮想時制は一般時制の種類の中に分類される.他の一般時制(現在,普遍,過去,未来)と同じように,各人称に対応して主辞を接着させる.目的辞も接着させることができるが,関係辞は含むことができない.
接続時制は時制接尾辞 -e で表される.この時制辞は,動詞語幹が母音 a で終わる場合には a を e に変えるが,動詞語幹が a で終わらない動詞では無変化となる.否定形では第2否定辞 si をとる.
仮想時制には現在仮想時制と過去仮想時制があり,現在仮想時制の接辞は nge,過去仮想時制の接辞は ngali である.仮想時制の否定形では第2否定辞 si をとることが多いが,第1否定辞 ha も使われる.
以上をまとめると,接続時制と仮想時制の形態変化は次のようになる.ここでは第3人称単数主辞 a-「彼」の形を例にとって,kupata「得る」と kuhusu「関係する」のそれぞれの時制形がどうなるかをみる.他の人称,動詞を使っても変化は同じである.
時制辞 pata 「得る」 husu 「関係する」
接続 -e 肯定 apate
彼が得るように
ahusu
彼が関係するように
否定 asipate
彼が得ないように
asihusu
彼が関係しないように
現在仮想 nge 肯定 angepata
彼が得るなら
angehusu
彼が関係するなら
否定 asingepata, hangepata
彼が得ないなら
asingehusu, hangehusu
彼が関係しないなら
過去仮想
ngali
肯定 angalipata
彼が得たなら
angalihusu
彼が関係したなら
否定 asingalipata, hangalipata
彼が得なかったなら
asingalihusu, hangalihusu
彼が関係しなかったなら
これらの時制でも目的辞を接着させてもよい.たとえば第V類単数の目的辞 i「それを」をとれば,接続時制では aipate「彼がそれを得るように」,asiipate「彼がそれを得ないように」,仮想時制では angeipata「彼がそれを得るなら」,asingeipata「彼がそれを得ないなら」などのようになる.
次に単音節動詞と kwenda「行く」,kwisha「終わる」の場合の変化の様子を示す.接続時制では,不定時制接辞の ku がつかない.kula「食べる」と kwenda「行く」を例にとると次のようになる.
時制辞 la 「食べる」 enda 「行く」
接続 -e 肯定 ale
彼が食べるように
aende
彼が行くように
否定 asile
彼が食べないように
asiende
彼が行かないように
現在仮想 nge 肯定 angekula
彼が食べるなら
angekwenda, angeenda
彼が行くなら
否定 asingekula
hangekula
彼が食べないなら
asingekwenda, asingeenda
hangekwenda, hangeenda
彼が行かないなら
過去仮想
ngali
肯定 angalikula
彼が食べたなら
angalikwenda, angalienda
彼が行ったなら
否定 asingalikula
hangalikula
彼が食べなかったなら
asingalikwenda, asingalienda
hangalikwenda, hangalienda
彼が行かなかったなら
kwenda「行く」の接続時制では,1人称複数の主辞 tu が動詞語幹 ende と融合して発音されるので,twende「私たちが行くように」と書かれる.
niende「私が行くように」, twende「私たちが行くように」
uende「あなたが行くように」, mwende「あなたたちが行くように」
aende「彼(女)が行くように」,waende「彼(女)たちが行くように」

14.2.接続時制

接続時制には,単文(独立した文)の中で用いられる場合と,複文(2つ以上の節を含む文)の中で用いられる場合の2とおりの用法がある.
単文の中では「命令」や「願望」を表す.ただし,2人称(あなた,あなたたち)に対する肯定の命令は命令時制を用いる.そして命令時制では表せない否定の命令文について,接続時制を使う.
Simama.(命令時制)「立ってください.」 Usisimame.(接続時制)「立たないで.」
2人称以外の人称に対しては,接続時制によって命令文(願望文)をつくる.1人称複数に対する接続時制形は「〜しよう」という勧誘の意味になる.
Niseme maneno.「私にしゃべらせてください.」
Mvua nyingi inyeshe.「たくさんの雨を降らせたまえ.」
Tumwombe kutusamehe.「彼に私たちを許してもらえるように頼もう.」
Wasiangalie televisheni.「彼らにテレビを見せるな.」
接続時制の後ろに連続命令時制が続いてもよい。
Twende kaangalie mashua bandarini.「港へ船を見に行こうよ.」
複文の中では従属節の動詞の時制として用いられる.この場合の接続時制の動詞は「〜するように,〜しないように」の意味を持つ.
Walinipa pesa ninunue baisikeli.「彼らは私が自転車を買うようにと金をくれた.」
Endesha garimoshi isichelewe.「列車が遅れないように運転してくれ.」
ただし文脈によっては,これ以外にもさまざまな訳がつけられることがある.
Waliniambia nipate zawadi.「彼らは私がほうびをもらえると言った.」
Wazazi huwaletea watoto wao chakula wakile.
「親は子どもに食べ物を運んで食べさせる.」
「〜するように,〜しないように」という意味を強調するときは,接続詞の ili「〜のために」を前に補う.
Mwalimu amevitupia vitabu vibaya, ili wanafunzi wasivisome.
「先生は,学生が読まないように,悪い本を捨てた.」

14.3.仮想時制

「仮想時制」は,想像していることがらについて述べる場合に用いる時制である.仮想時制には,現在起こっていることに対する仮想を表す「現在仮想時制(nge 時制)」と,過去に起こったことに対する仮想を表す「過去仮想時制(ngali 時制)」の2種類の時制がある.しかし,この使い分けはかならずしも明確ではない.単文(独立した文)で用いられる場合と,複文(2つ以上の節を含む文)の中で用いられる場合の2とおりの用法がある.
単文の中では,「〜したいのだけど,〜できたらよいのに」という願望を表す.これはていねいな命令,依頼の意味で使われることもある.
Ningeweza kusema Kiarabu. 「アラビア語が話せるとよいのだけど.」
Ningaliweza kusema Kiarabu. 「アラビア語が話せたらよかったのだけど.」
Tungependa kurudi kwetu sasa. 「私たちはもうそろそろおいとましたいのですが.」
「〜するかもしれない」という推定の意味で使われることもある.この意味のときは,現在仮想時制も過去仮想時制も同じように使われる.過去仮想時制を使った方が,仮想的な意味あいがやや強くなる.
Mngepata (Mngalipata) mashida makubwa.
「きみたちは大きい問題にぶつかるかもしれないよ.」
複文の中では,仮定「もし〜であれば,〜するだろう」の意味で,従属節と主節の両方に使われる.
Ningenunua uwanja wangu, ningepata pesa nyingi.
「金をたくさん手に入れたら,私は土地を買うだろう.」
Ningalinunua uwanja wangu, ningalipata pesa nyingi.
「金がたくさん手に入ったら,私は土地を買っただろう.」
このようなときも,現在仮想時制と過去仮想時制の使い分けが混同されている.実際には,仮想が現在であるか過去であるかにかかわらず,両方の時制(nge 時制,ngali 時制)を使ってかまわない.意味はどちらもほとんど区別がない.
仮定を表す従属節には,接続詞 kama 「もしも」を使うことが多い.
Bata mdogo asingejua kuogelea, kama asingezaliwa kwa mtoni.
「もしもアヒルの子が川で生まれてなければ,泳ぎを知らないだろう.」
Bata mdogo asingalijua kuogelea, kama asingalizaliwa kwa mtoni.
「もしもアヒルの子が川で生まれなかったら,泳ぎを知らなかっただろう.」
過去の仮想であることを強調したいときは,動詞 kuwa「なる」を使った複合時制で表すとよい.
Bata mdogo angalikuwa hakujua kuogelea, kama angalikuwa hakuzaliwa kwa mtoni.
「もしもアヒルの子が川で生まれてなかったら,泳ぎを知らなかっただろう.」

14.4.その他の時制

スワヒリ語にはこの他にもいくつかの時制があるが,しだいに使われれなくなって特殊な形や特殊な使われ方だけが残っているものがある.それらは,接続詞として使われたり,副詞的な意味を持って他の動詞と複合した形で使われたりしている.次にそのようなものをあげる.
◇ 接続詞 ingawa「〜だけど」に残っている接辞 nga は,もともと独立した時制辞として使われていたものである.現在では,この接続詞とその他には古い動詞 *li に接着した形ngali「まだ〜だ」が使われるだけになっている.ngali はその前に主辞をともなって副詞的な意味になり,その後ろにおかれる他の動詞形を修飾することがある.
Kwa maana nimekunywa mno, ningali mlevi.「飲みすぎちゃって,まだ酔ってるな.」
Ningali nina kitabu kile.「私はまだあの本を持ってるよ.」
Mngali hamjui kwamba amekufa? 「あなたたちは彼が死んだことをまだ知らないのか?」
◇ 接続詞 ijapokuwa「たとえ〜であっても」に残っている接辞 japo は,動詞 kuja「来る」に時間を表す関係辞の po がついたものと考えられる.しかしこの組み合せが,他のいろいろな動詞に付着してさかんに使われたことがあった.現在ではそのような用法もすたれて,もっぱらこの接続詞の形だけで代用されるようになっている.
Ijapokuwa daktari yuko hospitalini, anafanyaje bila ya zana wala dawa?
「医者が病院にいるとしても,器具も薬もなくてどうするというんだ?」

14.5.動詞の強意形と用法

動詞には,相手の注意をひきつけたり,意味を強めるために特殊なことばが添えられるものがある.このことばは動詞語幹の音を重ねたものや,擬声,擬態音などである.
kuanguka tifu「どすんと落ちる」,kuanguka pui「ポロッと落ちる」,
kupiga pa「パンと打つ」,kukata ka「スパンと切る」,
kukataa kata kata「きっぱりとことわる」,kufa fo fo「コロッと死ぬ」,
kunawa(kuwasha)chapa chapa「ざぶざぶ洗う」

14.6.間投詞の種類と用法

「間投詞」とは,独立して用いられ,ほとんど意味をなさない発声や,ちょっとした意味を表すことばをいう.間投詞はそれ1語だけで文として扱われるが,他の文の一部として取り入れられることもある.そのときは原則として,句読点[,]をうって他の語句と区別する.また独立した文では,文尾に感嘆符[!]をおくこともある.発声音を表記するときは ah「あっ」,eh「えっ」など,つまった音を表すために,母音の後ろ(語尾)に h をつけることがある.発声音などは自由に創作が可能なので,間投詞を全部とりあげることはできない.他の品詞から転用されたものも多い.次におもな例を示す.
◇ naam「はい」,la「いいえ」は,疑問文に対する答えの表現として使われる.疑問文の種類にかかわらず,その内容を肯定するときは naam「はい」,否定するときは la「いいえ」を使う.また,naam は相手の言うことを了解したという意味でも使われる.
Lazima msimame nikiingia darasani. Naam, mwalimu.
「教室に私が入ってきたらあなたたちは立たなければいけません.わかりました,先生.」
Jupiteri ni mbali zaidi kuliko Saturni? La, ni karibu zaidi.
「木星は土星よりも遠いですか? いいえ,近いです.」
しかし一般的には,接辞を使った ndiyo「はい」,hapana「いいえ」が,これらの代わりに使われる.ndiyo, hapana は接辞の種類にかかわらず,どんな疑問文に対しても統一的に用いられる.
Mtu afanyaye kazi kiwandani anaitwa fundi? Ndiyo.
「工場で働く人は工員といいますか? はい.」
Maana ya‘Ag' ni dhahabu, sivyo? Hapana, ni fedha.
「Agというのは金のことだろう? ちがうよ,銀の意味さ.」
◇ yaani「つまり」は,文を話している途中で,その意味を説明しようとするときに使う.文につまったときなどにも発することがある.
Yeye ni mjomba wangu, yaani, kaka yake mamangu.
「彼は私のおじさん,つまり,私の母の兄です.」
ことばの意味や内容などを正しく説明するときには,yaani の代わりに maana yake 「つまり,その意味は」が用いられる.
Ningependa kuishi nawe, maana yake, ninataka kukuoa.
「あなたといっしょに暮らしたい,つまりその,あなたと結婚したいんだ.」
◇ asante, asanteni「ありがとう」は,相手に感謝するときに使う.asante は単数の相手に対して,asanteni は複数の相手に対して使われる.しかし,この使い分けは厳密ではなく,単数複数両方ともに asante を用いてかまわない.
Nitakupa bakshishi. Asante. 「あなたにチップをあげよう.ありがとうございます.」
◇ je 「ねえ,さて」は相手の注意を促すとき,basi「ええと,あの」は,文につまったときに発する.
Je, wasikilizaji, mnafikirije? 「さて聴視者のみなさん,どう思いますか.」
Basi, hii ni yako? 「ええと,これはあなたの?」
◇ pole「すみません,ごめんなさい,かわいそうに」は,相手にあやまるときや,相手の不幸,災難を気づかうときなどに言う.
Aa, nimejikata kidole. Pole.「ありゃ,指を切っちゃったよ.かわいそうに.」
◇ ati「何だって」は,相手の言ったことが聞きとれなかったときなどに発する.疑問文の形式をとり,語尾を上げぎみに発音する.
Jina langu ni Abdul Hassan Ibrahim... Ati?
「私の名前はアブドゥル・ハッサン・イブラヒム...... えっ,何ですって?」
◇ tafadhali「すみません,ごめんください」は,特に見知らぬ人に話しかけたり,何かを頼むときに使われる.命令文の前後につけ加えるとていねいな意味を持つ.
Tafadhali, mama. Nionyeshe njia ya kwenda Kampala.
「あの,すみません,奥さん.カンパラへ行く道をおしえてください.」
◇ hodi「ごめんください,ただいま」は,自分の家へ帰ったとき,他人の家をたずねたときなどに発する.戸をたたいて,自分が家の中へ入ろうとしていることを相手に知らせる意味あいがある.
Hodi, hodi! Tumerudi sasa.「ただいま,いま帰ったよ.」
◇ halo「もしもし」は,電話で相手を呼び出すときに使う.
Halo. Mimi Fatima ninayesema. 「もしもし,こちらはファティマですが.」
◇ Allah, Inshallah「おお神よ」は,イスラム教徒がおもに使う.Allah「アラーの神」は固有名詞だが,しばしば祈りや絶叫などを表す間投詞として用いられる.
Akina baba wangali hai? Inshallah!
「父たちはまだ生きているのだろうか? ああ神さま!」

14.7.日常的な表現

スワヒリ語のあいさつには,Jambo「こんにちは」を使ったもの以外にも数多くの表現がある. そのうちのいくつかをひろうと次のようになる.
(1)habari/habari「知らせ,ニュース」を用いた表現
この語は,さまざまなあいさつの表現に使われる.おもなものだけでも次のような使い方がある.
◇ Habari? または Habari gani? 「元気ですか?」.これは相手の状況(健康など)をたずねるあいさつの表現として用いられる.このこたえの文としては,Nzuri, Njema 「元気です」が一般的である.Salama「安らかです」とこたえてもよい.salama「平和,安らぎ」はそれだけであいさつの疑問文としても使われ,Salama? は「元気ですか?」の意味になる.このこたえも Salama「元気です」でよい.
◇ Habari ya(za)〜? 「〜は元気ですか?」.話している相手以外の人の状況をたずねるには,habari ya(za)〜「〜の状況,消息」という表現を使う.状況をたずねる対象の人が単数であれば,原則として habari ya 〜,複数であれば,habari za 〜 となる.たとえば,相手の母親の状況を聞くには,Habari ya mamako? 「お母さんのぐあいはどうですか?」のようになる.友だち(複数)の近況を聞くときは,Habari za marafiki zako?「あなたの友だちは元気ですか?」となる.また,この表現は人以外のものにも使われ,次のような意味で使われる.
Habari ya(za) asubuhi? 「おはよう」
Habari ya(za) mchana? 「こんにちは(日中)」
Habari ya(za) alasiri? 「こんにちは(午後)」
Habari ya(za) jioni? 「こんばんは(夕方)」
Habari ya(za) usiku? 「こんばんは(夜中)」
Habari ya(za) Ramadhani? 「断食月をどう過ごしてますか?」
Habari ya(za) Krismasi? 「クリスマスおめでとう」
Habari ya(za) Mwaka Mpya? 「新年明けましておめでとう」
Habari ya(za) siku ya kuzaliwa? 「誕生日おめでとう」
Habari ya(za) siku hizi? 「このごろ,どう過ごしてますか?」
Habari ya(za) siku nyingi? 「ずっと元気で暮らしてますか?」
Habari ya(za) kazi? 「仕事のぐあいはどうだ?」
この他にもさまざまな語と組み合わせて使われる.
◇ Shikamoo? または Shikamuu? 「お元気でお過ごしですか?」.古い時代に使われたアラビア語系のあいさつのことばがいくつか残っており,かたくるしい表現として使われる.Shikamoo? 「お元気でお過ごしですか?」は,スワヒリ語では珍しい敬語表現であり,目上の人に対してのみ使われる.これに対する受けこたえは,Malahaba.「はい,元気でおります.」という.
◇ Sabalkheri? または Subulkheri?「おはよう」,Msalkheri? または Masalkheri? 「こんにちは,こんばんは」.これらもアラビア語系のあいさつ表現で,かたくるしいのであまり使われない.これらに対する受けこたえには,Salama.「おはよう,こんにちは,こんばんは」を使う.
◇ Karibu「ようこそ,いらっしゃい」.客人を受け入れるとき,受け入れる側の人が始めに言うあいさつのことばである.これに対する受けこたえは Asante「ありがとう」がよい.招待されたのであれば,Asante kwa kunikaribishia「私を歓迎していただいてありがとうございます」のようにこたえると,よりていねいな受けこたえになる.
◇ 食事のときのあいさつ.これは別に決まったことばはない.しかし,食事の前にイスラム教徒やキリスト教徒が感謝のためのことばをささげることはよくある.さまざまな言い方があるが,次のような例が考えられる.
Twamshukuru Mungu aliyetuletea vyakula vya leo.
「きょうの食事を私たちに与えてくださったことに対し神に感謝します.」

14.8.chakula/vyakula「食べ物」について

東アフリカでは,穀物,野菜,果物などの種類は豊富で,日本にあるようなものはほとんど東アフリカでもとれる.しかし一般のアフリカ人がそれらのものを常食しているかどうかは別問題で,食べ物の種類を豊富に見かけるのは,やはり大都会に限られる.食べ物の中には日本では見ることのできないようなものも多い.次にそのようなものをいくつかとりあげる.
◇ sima/sima(通常単数)「シマ」,ugali「ウガリ」.シマもウガリも同じもので,東アフリカの重要な主食の1つである.日本にはこれに相当するものは見あたらない.材料はhindi/mahindi「とうもろこし」の粉で,これを熱湯に入れ,かきまぜながら炊くとマッシュポテトのようになる.これを手でちぎって,mchuzi/michuzi「スープ」につけて食べる.とうもろこしの他にも muhogo/mihogo「キャッサバいも」,mtama/mitama「あわ,きびの類」などの穀類を混ぜたものもある.
◇ uji「かゆ」.mchele/michele「米」のものに限らず,とうもろこし,ngano/ngano「小麦」,あわ,きびの類などの穀類で作られたものもさす.シマに比べると半液体状でやわらかいものをいう.
◇ chapati/chapati「チャパティ」.小麦で作ったパンの一種で,インド系の食べ物である.maandazi/maandazi「あげパン」は,やはり小麦のパンを油であげたもので,もともとはアラブ系の食べ物とされる.
◇ mtama/mitama「あわ,きびの類」.日本のあわ,ひえ,きびに相当するもので,より正しくはミレット(millet),ソルガム(sorghum)という種類をさす.ミレットとソルガムは別の種類だが,両者をあまり区別しないで言う.粉にしてかゆにするほか,mkate/ mikate「パン」やシマの中にも混ぜて食べる.
◇ muhogo/mihogo「キャッサバいも」,yam/yam「ヤムいも」.どちらもじゃがいもに似たいもの類だが,kiazi/viazi「じゃがいも」とは区別される.キャッサバは粉にしてでんぷんをとり,かゆの中に混ぜて食べられる.ヤムはそのまま煮て食べたり,粉にしたものをシマやかゆにする.
◇ haragwe/maharagwe「豆」.豆類全般をさす.豆はよくとうもろこしなどといっしょに煮て食べられる.この料理も maharagwe「マハラグウェ」と呼ぶ.豆料理は地方によって独特な方言や部族語で呼ばれ,ケニアでは gezeri「ゲゼリ,豆」などともいう.karanga/karanga「らっかせい」も,豆料理一般をさす名詞として使われる.
◇ samosa/samosa「サモサ」.ぎょうざに似た小麦の皮の中に,野菜や肉が入ったもので,もともとはインド・アラブ系の食べ物である.
◇ sukumawiki/sukumawiki「スクマウィキ」.低い木の一種で,葉の部分を油でいためたり,スープの中に入れて食べる.見かけはほうれんそうに近いものになる.栄養価が高い.
これ以外に,日本に同類のものがあっても,種類や外観がかなり違うものもある.たとえば hindi/mahindi「とうもろこし」は,メイズ(maize)と呼ばれる種類のもので,日本のとうもろこしより色が白っぽくてかたい.
また習慣の違いから,食べ方や成分などが日本のものと微妙に違うものもある.たとえば,kahawa/kahawa「コーヒー」や chai/chai「紅茶,茶」は,maziwa「牛乳」を入れたものが普通で,牛乳を入れないものは特別に bila ya maziwa「牛乳を入れないで」などという必要がある.地域によってはその中に香料などが入れられる.
また,nyama/nyama「肉」は nyama ya ng'ombe「牛肉」をさすことが多く,それ以外の肉は mbuzi/mbuzi「やぎ」,kuku/kuku「にわとり」などそのものの名で呼ばれる.
wali「ごはん」は,米のごはんをさすのが普通だが,これもごはん状に作られた食べ物(たとえばじゃがいものつぶしたものなど)全般をさすことがある.
以上に述べたことは,地域差もあるので,東アフリカ全般にかならずしもいえることではない.アラブ系,インド系などの食べ物では,呼び名やつづりも一様ではなく,原語に近い発音で言われたり,書かれたりすることがある.また,その土地の方言で呼ばれたりするものも多く,たとえばシマひとつをとってみてもさまざまな呼び名があるといわれている.そしてまた,その材料や作り方もさまざまである.